戦後初の神田祭は、昭和17年以来10年ぶりである。
神田区は昭和22年に麹町区と合併し、千代田区となっている。
昭和25年には神田神社内で例大祭が行われ、
昭和27年に神幸祭を行う事を決定した。
戦前までの「渡御祭」の名は「神幸祭」と改称された。一の宮鳳輦が新調され、神幸祭の行列は氏子の町々を3日間かけて巡行された。この年の神田祭において初めて数カ町の町会神輿が連合で宮入参拝をした。戦後、各町競って大小の神輿を作り連合という形で宮入参拝を行うようになりかつての山車主体の祭とは違ったかたちで神田祭が盛大に華やかに復活したのである。
この年も国立博物館より旧神輿を借り出している。戦後、多二の若者たちは「多二青年会(女性二人含む)」を組織して、町会行事などに積極的に参加していた。今の「青年部」の初代と言えるだろう。この写真は「多二青年会」の男性メンバーである。
見るからに手作りの町会の旗が微笑ましい。後ろでは大神輿が休憩している。
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